植物の学名について

生物学における学名(がくめい、scientific name)は、生物学(かつては博物学)の手続きに基づき、世界共通で生物の分類群に付けられる名称である。

学名 – wikipedia

いわゆる学名の魅力について今回は書き記したいと思います。植物の形態は多岐にわたります。分類学はその複雑な美を解き明かすために発展してきました。

今回は堅苦しい科学的枠組みをちょっと脇に置いて、もっと身近な園芸の側面から学名の世界を覗いてみましょう。園芸においても学名は非常に重要な役割を果たしているのです。ちょっとしたルールを知っているだけで、学名から驚くほど多くの情報を引き出せるのですから。

例を挙げましょう。Euphorbia samburuensisという、あまり聞きなれないユーフォルビアがあります。当然ながら上手に育てるには、自生地の環境を知る必要があります。「-ensis」という接尾辞が「~地方の」という意味を持つと知っていれば、Googleで「samburu」と検索するだけで、すぐに自生地を特定でき、「samburu climate」とでも検索すれば、その地の気候データにすぐにアクセスできるでしょう。

Euphorbia sumburuensis

このEuphorbia samburuensisの例は、学名が私たち園芸愛好家にとってどれだけ役立つかを示す極端な例かもしれませんが、間違いなく、学名は栽培管理の手がかりや植物を入手する際の参考になります。

さらに、これらの学名は園芸に一層の楽しみも添えてくれるのです。すべての学名にはその背後に物語があります。たとえば、「白い花粉」を意味するEuphorbia albipolliniferaという種があります。一般的にユーフォルビアの花粉は黄色いのですが、この種の珍しい白い花粉をもっています。この情報を知っていると、花を咲かせることへの意欲が湧いてきます。そして、ついにその白い花粉を自分の目で見たとき、その発見者が感じたであろう驚きと喜びを、少しだけ感じることができるでしょう。

開花が待ち遠しいE.albipollinifera


基本的な記し方

学名の記し方には色々なルールがあります。ここでは通常園芸的に使われるルールを紹介します。
正確には記載者名や記載年も記しますが、今回は割愛します。

まず基本的な書き方から。

属名は大文字で書き始め、種小名は必ず全て小文字で記載します。
基本的にはイタリック体を用いますが、これは地の文と区別を付けるためで、イタリック体での区別が難しい場合は、太フォントや下線を引くことで区別をします。

特に下から2つめの誤りが多いので注意です。

種小名は属が異なれば同じものを使ってよいとされていますので、種小名だけではその種を特定することになりません。必ず属名と一緒に記します。
下写真は”hamata”という同じ種小名をもつ種です。文脈でどちらかを把握することはもちろん可能ですが、正確を期するのであればルールに則り、属名と一緒に記すのがベストでしょう。
文脈などから明らかにその属と分かる場合は属名の省略表記が可能です。

Euphorbia hamata ⇒ E.hamata や Eup.hamata など

Euphorbia hamata
Nepenthes hamata (photo by Jan Wieneke)

ちなみに”hamata”という種小名は「鉤状の」という意味です。E.hamataはその枝の形状から、N.hamataは捕虫器の淵の特徴からそれぞれ名付けられています。
“hamata”という種小名は他にもHaworthia hamataMammillaria hamataなどがあります。
どんな姿をしているんだろうと気になってきませんか?こういったところも学名の面白いところですね。


亜種・変種

種の下位には亜種(subspecies)と変種(variety)があります。
これの区分は少しややこしく、近年変種から亜種に変更されたり、その逆もあるようです。私の理解ですので、少し誤りがあるかもしれませんが、大枠は下記の通りだと思います。
余談ですが動物や細菌の分類では変種の適用は中止となり、亜種のみとなっています。植物についてはまだその動きがありませんので、しばらくは変種ありでいくと思われます。

亜種(subspecies, ssp. , subsp.)

亜種は、基本種とは生息域が離れて群を形成しているものに与えられます。遺伝的には基本種と交雑可能ですが、前述の通り物理的に距離があり自然には交雑はありません。生息域が離れていることにより、基本種とは特徴が異なることが多いようです。

なお、正式には亜種をもつ基本種は種小名をssp.下に繰り返します。
これは、亜種が新たに記載されるまでは種小名までだったのが、亜種の出現により自動でssp.以下が追加された学名に変更となります。これを自動名(オートニム)と呼びます。ここらへんの話はまた次回に…としつつ、一例だけ載せておきます。

Euphorbia confinalis 1951年に記載

Euphorbia confinalis ssp. rhodesiaca が1966年に記載
⇒ 1951年記載の基本種は自動的に Euphorbia confinalis ssp. confinalis となります。


変種(variety, var.)

変種は、基本種の群の中から自然に起きた変異を示します。例えば葉の形や花の色などです。遺伝的に継代され、次第に変種で群を形成するようになります。

Euphorbia polygona var. minor
E.polygonaの基本種は蜜腺が紫色ですが、var.minorは蜜腺が黄緑~緑です。最大高も25cmと小さいのが特徴です。このような違いがありますが、生息域は基本種と近いのです。この点が亜種との使い分けとなっているようです。

Euphorbia polygona var. minor

未同定種など

sp.

種小名がなく「sp.」と記載されているものを見ることがあると思います。これは園芸的には「属はわかるが種小名は不明」という場合に使われます。

例えば、
Euphorbia sp. ⇒ ユーフォルビアの何か
ということになります。

単純にこれが何かわからない、忘れてしまった場合にも使いますし、
既知のものとは違うものを発見した時にも使うようです。(新種だと確信があれば後述のnov.を付けるべきだと思います。)

Euphorbia sp. Taru ⇒ Taruという地域で発見したユーフォルビア属の種。ただし詳細不明。

aff.

「近縁の、類似の」というような意味です。

Euphorbia aff. specksii
⇒ ユーフォルビア スペックシーに似ているが特徴が異なる。

分類形質の一部が一致しないので、未記載種である可能性が高い場合に使われることが多いように思います。

cf.

「対比して、参照して」というような意味です。

Euphorbia cf. splendens
⇒ ユーフォルビア スプレンデンスだと思われるが確証がない。

この種であるとほぼ同定できたものの、原記載が不明瞭だったり標本との対比が出来なかったなど100%そうだと言えない場合に使われます。

nov.

「新種」であることを示します。これだけでは何か特定できないので地名やフィールドナンバーと一緒に記載されることが多いです。

Euphorbia sp. nov. Somalia hordio
⇒ソマリアのホルディオという地域で発見された新種のユーフォルビア

n.n.

nomen nudumの略。「裸名」と呼ばれるもので、パッとみると正式な学名に見えますが、記載がなかったり、情報不十分などの理由で正式な学名とは認められていません。

Euphorbia atrox n.n. としてEuphorbiaWorld Vol.3 1985年に掲載
⇒ 1992年に正式にEuphorbia atroxとして記載

Euphorbia durispinaも長年n.n.扱いでしたが2021年に正式に記載されています。

Euphorbia umbraculiformisはまだn.n.です。


フィールドデータ

たまに種名の後ろに英字+番号が付いた植物を見ることがあると思います。

Euphorbia godana L&N 13176 ←この部分

これは基本的に「採取者のイニシャル+その方の管理番号」という組み合わせになっています。
上記の場合ですと、John Jacob Lavranos氏&Leonard Eric Newton氏の共同フィールドワークで採種された管理番号13176ということが読み取れます。そしてこのデータを元に調べると、”Goda Mountains, 2km west of Eguere, Aleita Mountain, District Obock”というロカリティ情報が得られます。

このようにフィールドデータさえあれば産地を確実に特定することが出来、自生地の環境を詳細に調べることが出来ます。広範囲に分布する種では特に参考になります。例えばE.pedilanthoidesという種はマダガスカルの北部から南部まで広い範囲に生息しています。恐らく北部産のものは冬は最低7℃くらいは必要でしょう。対して南部のものは0℃近くまで耐えれるはずです。” E.pedilanthoides“という情報だけでは管理方法がハッキリとは決まらないのです。

また、遺伝的特性の観点から見ても重要です。同じ種であっても産地が違うものを交配させたものはただの交雑となってしまう場合があります。例えばEuphorbia tirucalliは南アフリカはもちろんインドやベトナムにまで自生している種です。どこ産か素性のわからないもの同士を交配し、例えば自然保護として特定の産地に植え直すというのは外来種を植えているようなものでしょう。

フィールドデータへの考え方についてはShabomaniac!様が詳しく、そして完璧に記されていらっしゃいます。
是非下記リンクよりお読み頂ければと思います。

Shabomaniac! 植物雑記 vol.1 フィールドデータ ’04年10月3日

Shabomaniac!様、リンクの許可を頂きありがとうございました。


ラテン語の文法的性

ラテン語には性という概念があります。

  • -um で終わるものは中性
  • -a で終わるものはほとんど女性
  • -us で終わるものはほとんど男性

種小名の語尾は、属名の性によって上記ルールによって決定されます。
近年であれば、サルコカウロンからモンソニアに属名が修正された際、

Sarcocaulon multifidumMonsonia multifida

となり、種小名の語尾が変わっています。
これは”Sarcocaulon”の性が中性であったのに対し、”Monsonia“の性が女性であるためです。
逆説的に種小名の語尾を見れば属名の性をおおよそ知ることも出来ます。

ちなみに人物由来の属名の性は必ず女性と決められています。
Euphorbiaはローマ時代の宮廷医師Euphorbusより由来しているので属名の性は女性です。E.globosaE.multiramosaなどの語尾を見てもこのことが確認できますね。


Monadeniumは中性のようで、Euphorbia属に統合された際に語尾が変わっています。

Monadenium pseudoracemosum    Euphorbia pseudoracemosa

ラテン語形容詞の例

学名には意味があると前述しました。多くの学名はラテン語形容詞から命名されています。
その種の特徴を表すのが多くを占めますので、知っていればより園芸を楽しむことが出来ると思います。
ここではほんの一例ですがラテン語の意味を掲載します。

語頭・語尾意味学名例
-ii人物への献名(男性)Euphorbia specksii (Ernst Specks氏への献名)
-ae人物への献名(女性) Euphorbia maritae (Marita Specks氏への献名)
-ensis~地方のEuphorbia marsabitensis (ケニア Marsabit固有)
-oides~に似ているEuphorbia pachypodioides (パキポディウム属に似ている)
uni-1Euphorbia unispina (1本の棘)
bis-2Euphorbia biselegans (2つめのelegans)
ter-, tri-3Euphorbia tridentata (3本の歯)
quadri-, quadra-4Euphorbia quadrangularis (4つの陵)
multi-複数のEuphorbia multiceps (複数の頭)
longi-長いEuphorbia longifolia (長い葉)
brevi-短いEuphorbia brevirama (短い枝)
recti-直線的なEuphorbia rectirama (直線の枝)
curvi-曲線的なEuphorbia curvirama (曲がった枝)
globi-, globuli-球状のEuphorbia globosa (球状)
columni-柱状のEuphorbia columnaris (柱状)
densi-密集したEuphorbia densiflora (密集した花)
acuti-尖ったEuphorbia actinoclada (尖った棘で覆われた)
crassi-太ったEuphorbia crassipes (太い脚)
tenui-細いEuphorbia tenuispinosa (細い棘)
plani-平らなEuphorbia planiceps (平らな頭)
torti-螺旋状のEuphorbia tortirama (螺旋状の枝)
cauli-茎のEuphorbia globlicaulis (球状の茎)
folii-葉のEuphorbia multifolia (たくさんの葉)
flori-花のEuphorbia filiflora (糸のような花)
corni-角のEuphorbia corniculata (カドのある)
albi-白いEuphorbia albipollinifera (白い花粉)
nigri-黒いEuphorbia nigrispina (黒い棘)
rubri-赤いEuphorbia rubrispinosa (赤い棘)
caerulei-青いEuphorbia coerulescens (青い)

最後に

分類・学名というのは自然にあるものを人間の決め付けで区別しているだけかもしれません。ただ、その自然という大きなものに立ち向かう一つの武器、そしてそれと関わり楽しめる最大のツールだと思います。
昨今では現地株の商業的な採取が多く、輸出元も輸入者も知識がないために間違った学名で流通することが多く見られます。植物の見た目が良ければそれでいい、などという意見もありますが、園芸の楽しみの1つが奪われた状態だと感じてしまいます。「入手時の名称です」で終わるのではなく、観察や文献を読み同定してみると、新たな発見を得られることがありますし、正しい管理方法に近づくことも出来ます。
たかが学名されど学名、とても奥が深いのでぜひ覗き込んでみてください。

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